千葉の大規模停電について

台風とその停電により被害に遭われている方々にお見舞い申し上げます。

 

千葉では停電の被害が大きく事態が深刻です。連日報道され関心を寄せる方が多くいますが、中には電力について勘違いしている方を見受けます。この記事では主に勘違いされているだろうことについて私が思うことを記述しています。なお、私は送配電工学の専門家ではありません。大学で受けた講義や教科書、電力会社のwebページ、報道などを参考に述べていきます。

 

長引く停電は送電網が原因なのか

送電網と配電網

「送電網」と「配電網」は別物なのですが、多くの方が配電網のことを送電網と言って勘違いが蔓延しています。送電を「電気を送ること」と解釈すると送電網でも間違いはないのですが、電気事業連合会では以下のページでこのように書かれています。

 

電気が伝わる経路 - 送電のしくみ | 電気事業連合会

 

発電所−変電所間などを経由する線を「送電線」と呼びます。変電所(変圧器)から各家庭へ電気を配る線を「配電線」と呼びます。

 

ここでは書かれていませんが、変電所から変電所までをつなぐ電線も送電線と呼ぶのが電力業界では一般的です。

また、工学的にも送電工学と配電工学はかなり別物です。例えば、配電工学では経済的に電気工作物(電線や変圧器など)を配置するために需要率・負荷率・不等率を計算するのですが、送電工学でこれらの計算をした覚えがありません。

停電が長引いているのは変電所から家庭に電力を配る配電線の電柱が折れたり倒れたりしていること、倒木が電線にかかり配電が出来ないことが主な要因です。つまり、「長引く停電は送電網が原因」は正確には誤りで、「長引く停電は配電網が原因」が正確です。

余談1

新明解国語辞典で「送電」を引いてみたところ以下の記述がありました。

電報(電気)を(第一次変電所まで)送ること。

てっきり「電気を送ること」としか書いてないだろうと思っていただけに、正確な記述に驚いています。

余談2

個人的な印象ですが、配電網のことを送電網と書いてあるツイートの多くは配電網と読み替えたとしても不正確なものが多いと感じます。

 

倒壊した鉄塔

では暴風により倒壊した鉄塔とは何だったのでしょうか。鉄塔は紛れもなく送電線の設備です。長引く停電とは関係ないのでしょうか。

その答えは「関係性は薄い」です。

www.sankei.comイッタランドでは「東電への死体蹴り」として一部の方から叩かれていた産経の記事ですが、短い記事としてはよく出来ています。特に「台風15号による停電長期化のしくみ」の図が停電の現状を把握する上では理解しやすいものとなっています。

倒壊した鉄塔は迂回して送電できるため影響が小さくなっています(というより迂回が出来なかったら被害はこんなものじゃ済みません)。迂回と言うのは網目状に電線が配置されている場合に、開閉器(要はスイッチのようなもの)を操作すること、またはジャンパー開放することにより、送電できない電線を切り離して実現します。一部の鉄塔に開放できるものがあります。

ただし、どの時点で迂回したのかが分からないため、短時間での停電がどの程度抑えられたのかは分かりませんでした。少なくとも現在の停電と鉄塔の倒壊には関係性が薄いと思われます。

 

以上の2点から2019年9月16日現在の大規模停電について「送電網との関係は薄い」と言えます。

 

倒壊した鉄塔(送電線)の役割

少々蛇足ですが、倒壊した鉄塔が吊っていた送電線の役割について述べます。というのも、的外れな意見を目にしたからです。

まず、送電線には基幹系統と地域供給系統の二種類があります。基幹系統は発電所から主要な変電所まで送電する系統です。主に275kV以上の超高圧、超超高圧で送電します。地域供給系統は主要な変電所から配電変電所(変圧して配電線に接続する変電所)まで送電する系統です。主に66kV、154kVの特別高圧で送電します。どちらかといえば基幹系統に事故が起きると大規模停電などの影響が起きやすくなります。また、どちらも網目状に展開する地域が多いため、事故が起きても迂回するなどして停電しない場合もあります。

東京電力は66kVの地中送電線以外の送電線の路線図(系統図)を公表しています。(PDF注意)

http://www.tepco.co.jp/pg/consignment2/images/500-275kv.pdf

http://www.tepco.co.jp/pg/consignment2/images/154kv.pdf

http://www.tepco.co.jp/pg/consignment2/images/66kv.pdf

 

倒壊した鉄塔の住所は千葉県君津市長石です。付近には内房変電所と新木更津変電所があります。内房変電所は君津共同火力発電所から送電される154kVと地域供給系統の66kVを扱っています。新木更津変電所は房総変電所からの275kVと基幹系統の500kV、富津火力発電所からの500kVを扱っています。新木更津変電所に関連する送電線ですと他に迂回する送電線が少ないですから、事故が起きていると深刻です。

内房変電所に関連する送電線か新木更津変電所に関連する送電線か、見分けるには送電電圧が違いますから、電圧が分かれば影響する範囲も分かってきます。鉄塔から送電電圧を見分けるには碍子の個数で大体分かります。碍子(がいし)とは電線と支持物を絶縁するためのものです。鉄塔に白く連なって接続するものが碍子です。以下のwebページに碍子についての説明があります。

www.chuden.co.jp絶縁性能を向上させる際には碍子を直列に増やしていきます。つまり電圧が上昇すれば碍子を直列に接続する数も増えていきます。66kVでは5個以上、154kVでは10個以上、500kVでは24個以上が必要になります。なお、並列で碍子を増やすのは機械的強度(電線の引っ張りに対する強度など)を増強させるためのもので、絶縁性能を上げるためではありません。

倒壊した鉄塔の碍子まわりを撮影した写真は以下のwebページにあります。

www.chiba-tv.com

碍子は一連当たり7個ですから66kVであることが分かります。66kVの系統図を見ると内房変電所からは複数系統があること、他の変電所から系統連携が可能なことから、事故点の遮断と迂回で鉄塔倒壊による停電を最小限にできます。

上述の通り、迂回して送電していますから、鉄塔倒壊と大規模停電は2019年9月16日現在は関連性が低いと言えます。

 

原子力発電との関連性

何度も言うように9月16日現在の大規模停電は配電線によるものですから、原発が稼働していても停電しています。ただし、原発稼働によってあがっていた利益を逃していたことにより改修が出来なかったという指摘については、肯定も否定もできません。報告書ができない限りは公衆には分からないと思います。少なくとも「原発が稼働していたら停電軒数は少なかった」と断ずるのは避けるべきと思います。

電力は足りていたのか

では、電力は足りていたのか。と言われるとそれも微妙です。

www.nikkei.com

台風の直後は発電所が止まっていたことに加え、気温が高かったために電力融通を受けていました。この時の電力使用率は95%にまで上っています。

でんき予報|東京電力パワーグリッド株式会社

ここ数日は猛暑が納まり電力使用率が8割前後です。この涼しさは不幸中の幸いです。仮に猛暑が続き、いずれかの発電所が停止となった場合には最悪ブラックアウトしていたかもしれません。電力融通も北電と関電からで、どちらも融通には限度の低いものです。(2019年9月22日修正:消し忘れていた文を削除)

大々的な節電要請や台風とは関連性のない大規模停電が無かったからと言って「電気が足りていた」と言われるのにはどうも納得がいきません。

 

ダラダラと述べてきましたが、これにて終わりです。トンデモなものを見かけたらまた書くかもしれませんが、それが無いことを願うばかりです。最後に復旧作業にあたっている電力会社・電力工事会社の無事と被害に遭われた方々の復旧復興を願ってこの記事を終了とします。