無線送電(?)のNHKの報道に思うこと

お久しブリーフです。第三種電気主任技術者は不合格だったZweiglinieです。ボケーッっとTwitterを眺めていた時に興味深いニュースが流れてきました。
pc.watch.impress.co.jp
初めてみた報道は確か通信社のものだったかと思うのですが、見つからなかったのでPC watchのリンクを貼りました。ほえーすげーとボケーッっと眺めていたのですが、NHKの報道を見て困惑が頭いっぱいに広がりました。
www3.nhk.or.jp
(おことわり:強電も弱電も素人同然なので詳細は専門家の意見を参照してください。ご指摘はふわふわ言葉でお願いします。ホバーランランルーと言われると私の肩が脱臼します。)

まず初めに

金沢工業大学のプレスを読んでおく方が誤解なく理解できるかと思います。私が間違えて記事を書いている可能性もありますので、まずは一次資料をあたってください。
www.kanazawa-it.ac.jp
結構長く専門用語が羅列してあるので、端的に理解したい方は上のPC watchの記事を参照してください。よくまとまっていますよ。

送電とは何か

送電の定義

一般的に送電とは電気を送ること全般を指してしまいますが、電気の世界、とりわけ電力業界で送電とは変電所から変電所まで、または発電所から変電所までの22 kV以上の電圧で電力を送ることを指します。ちなみに需要家(電力を消費する所のこと)に電力を配ることは配電と言って送電とは別の分野です。住宅街に林立している電柱と山地に建っている鉄塔では電気的にも使っている技術が異なります。そのため電力会社でも部署が異なります。電力自由化で発電会社と送配電会社が分離しましたが、「送配電」なんて妙な名前を使っているのは送電と変電が別物だからということもあります。加えて電源開発の分社化後は「電源開発送変電ネットワーク株式会社」というこれまた妙な会社名になっています。

「無線送電」は正しい記述なのか

さて、蛇足も交えて送電の定義を書きましたが、NHKが書いた「無線送電」は送電なのでしょうか?当然ながら狭義の送電ではありません。金沢工業大学のプレスには「送電」の記述が見られるものの、「無線送電」の記述は無く、「無線電力伝送」と書かれています。本来なら「無線送電」は「無線電力伝送」と書くべきです。しかし、NHKは報道機関です。より多くの人に分かりやすく伝えるために一般的な定義で言葉を選びます(謎の半導体企業の話でもありましたね)。正確な定義の専門用語で記述しても、分かりにくい記事なら報道機関の独りよがりでしかありません。これで私が題名に(?)を付けた理由が分かるかと思います。狭義で不正確ではありますが、正確な表現では却って理解しづらくなることは往々にあります。

「世界でもトップクラスの高さ」とはどの程度のことなのか?

具体的な効率はいくつなのか

科学では比較は重要な要素の一つです。データを定量的または定性的比較を行うことで具体的な検討ができるようになります。この比較には表かグラフが必要ですが、表・グラフの作成には信頼性が高く具体的な数値が不可欠です(数値もないのにグラフ描いたらインチキだからまあ当たり前だよね)。
さて、NHKの記事では「世界でもトップクラスの高さ」との記述がありますが、分かり切っている話でもなく具体的な数値も挙げずにこんなことをレポートで書いたら間違いなく採点者のチェックが入ります。「世界でもトップクラスの高さ」とは効率の話ですが、例えば他の研究の効率が30%から70%で留まっている中で90%を叩きだしたら偉業ですし、他の研究の効率が80%から90%と出ている中で89%を記録したら何がすごいの?という反応に誰でもなると思います。問題は両者とも「世界でもトップクラスの高さ」と書けてしまうところで、実に曖昧な表現です。
なお、金沢工業大学のプレスによると、今回の成果では効率92.8 %を達成し、5.8GHz帯整流回路では世界最高であるとのこと。他の研究との効率の比較ではグラフが用いられていて、40%から約80%に留まっている中で、92.8 %と抜きんでていることが分かります(金沢工業大学のプレスの図5です)。「92.8 %」と書くだけでも十分なのに曖昧な表現で濁しているのはどうも理解できません。「世界でもトップクラスの高さ」なのは間違いないのですが。

数値の記載があまりにも少ない

NHKの記事で用いられている数値を挙げてみます。

  • 3倍
  • 10ワットクラス

「3倍」は従来と比較して送れるようになった電力のこと。新開発の部品を指していますが、これについてはアレな記述なので詳しく後述します。「10ワットクラス」はこれから研究する電力のこと。こちらもちょっとだけ後述します。ちなみに「10ワットクラス」という単語は金沢工業大学のプレスには書かれていません。「10W」と書かれています。
なんとたったこれだけ。いやいや、これだけで一体何が分かるんだよ。

この研究の成果は窒化ガリウムの功績が大きいのか?

この見出しを見たときに「は?(困惑)」と思わず声を上げた人も多いのではないでしょうか。NHKの記事では挙がっている材料名は「窒化ガリウム(以下GaN)」のみ。これを使って研究して成果を挙げたと誤解している人もTwitterを見る限りは多そうです。世界最高の効率を叩き出した研究で使用した材料はガリウムヒ素(以下GaAs)です。GaNではありません。世界最高効率はGaNの功績ではないのです。
GaNは先述の「従来の3倍の電力を送れるようになった部品」に使われる材料のことです。この部品を使って次の段階である10Wの無線電力伝送の研究を行います。NHKの記事だけではここまで読み取れません。読み取れたらエスパーです。
この誤解しやすい書き方ですが、困ったことに間違ったことは言ってないのです。該当の段落では研究グループが、

  • 世界最高効率で無線電力伝送を成功したこと
  • GaNを用いた部品の開発をしたこと

が記述されています。どこにも「GaNを用いて無線送電をした」とは書いていません。だんだん腹が立ってきました。

電力と電力量の違い

電力とは1秒当たりにする仕事(エネルギー)、というと分かりにくいですが、出力もしくは能力と言えば分かりやすいでしょうか。例えば照明器具なら電力が高ければ高いほど明るくなります。単位はW(ワット)です。
電力量とは文字通り電力の量を示します。単位はWh(ワットアワー)です。例えば54Wの照明器具を30分使い続けると27Wh、1時間使い続けると54Whです。電気代の算出・請求に使われる単位ですから馴染みのある単位かと思います。
kWとkWhは何が違うんでしょうか? - よくある質問 | 太陽生活ドットコム
こちらのサイトに分かりやすく解説しています。よければ参考にしてください。
両者とも中学校の理科で習う義務教育の範囲の知識です。私は「義務教育の範囲だから知ってて当たり前の一般常識である」とは言いません(英単語とか丸っきり分からないしね)。しかし、報道機関の出した記事ともなれば話は変わってきます。

送ることができる電力量が少ない…?

NHKの記事では従来の無線電力伝送の課題点の一つに「送ることができる電力量が少ないこと」を挙げています。しかし、この文はおかしいことに気付きます。電力量は電力の累計の量ですから、電力量が少ないなら、時間をかければ電力量はいくらでも増やせます。時間が課題なら素直にそう書けばいいですから、文が変なことが分かります。個人的な推測に過ぎませんが、「送ることができる電力が少ないこと」とすると意味の通る文になりますから、この記事を書いた著者が電力と電力量の違いを理解してないと推測します。もちろん予測変換による誤字も疑いましたが、記事に添付されている動画(9月24日16時現在でなぜか見られなくなっていますので動画のスクリーンショットが貼ってあるツイートを貼っておきます)を見てもテロップに「電力量:小」と書いてあるところを見るに理解してないのだと思います。
専門家でないと分からない専門用語ならともかく、義務教育の範囲の電気の専門用語の意味を取り違えて電気関連の報道をするというのは私には理解しがたいことです。

再生可能エネルギーとの関連性

今のところ直接的な関連はありません。回れ右して帰りましょう。

記事の表現

私がこの記事で、ここまで「金沢工業大学」と何回使ったでしょうか?直近含めて6回です。対してNHKの記事では「金沢工業大学」と何回使ったでしょうか?NHKは0回です。添付の動画では使っているようですが、見られないため書いてないも同然です。対して記載する必要性の薄い「ノーベル物理学賞」は見出し含めて3回使っています。実に大言壮語な記事だと個人的に思います。
動画と合わせて読むように記事を書いているなら、動画が見られなくなった時に記事を書き直してほしいものです。このまま放置なら誤解が生じてしまいます。
(2020年10月9日訂正:誤字を修正しました)

さいごに

このNHKの記事は研究だけでなく科学知識を誤って認識してしまう可能性が高く、できることなら訂正してほしいです。私のこの駄文をウッカリ読んでしまった皆様も報道の正確さには日頃から十分注意するよう自戒を込めてお願いします。
また、この研究自体は素晴らしいもので、未来の生活を支える技術となり得る可能性が十分にあります。これからも注目し続けてほしいと思います。
(2020年10月9日訂正:ひらがなを漢字に変換しました)

おまけ

この記事を作っている時に他の報道機関の報道を探したところ、朝日新聞の記事が見つかりました。
www.asahi.com
私がこの記事で指摘したところに限っては正しく記述されています。ぜひとも参考にしてください。